

フレーー、フレーー、きーよーし!
それ、フレ、フレ、きよし!フレ、フレ、きよし!
TVドラマ第1話「涙の一番星」より
一番最初の投稿には数多くの名場面から「ガア助のエール」を紹介します。TVドラマ『みにくいアヒルの子』を語る上では欠くことのできないシーンで、印象に残っている方も多いと思います。
第1話では、ガア助から最愛の教え子・本田清へのエールに始まり、東京で再会した清からガア助に向けられたエール。第5話では、ガア助が別れ際の鈴本梨花にエールを送り、根本和雄もその姿を見て自分なりのエールで応えました。そして最終話では、4年3組全員がガア助先生へ愛と感謝のエールを届けます。少し恥ずかしくなってしまうくらい、ただただひたすらに真っ直ぐな先生のエールは、子どもたちの心へ確かに伝わり、それはもっと大きくなって最後にはガア助のもとへ贈り物のように返ってきたのでした。
これらガア助先生と教え子たちが織りなすいわば“エール交換”が、作品の始まりと終わりを貫き、このドラマを意味深いものにしているのでしょう。『みにくいアヒルの子』は決してガア助だけの物語でなく、4年3組の子どもたちだけの物語でもありません。お互いが“エール”に託して心を通わせ、困難を共に乗り越え、未来に向かって「幸せ」を願い合う物語だと言えるのです(註:「幸せ」という言葉は平泉玩助の一番好きな言葉/『TVガイド』第35巻第18号)。
本稿では、第1話「涙の一番星」からガア助と清のシーンをピックアップしました。この2場面を並置して改めて感じたのは、ほとんど同じ構図の中、北海道の雪の白さと東京の夜景の暗さが対照的で、2人の心境をそれぞれ際立たせているだろうということです。
音根別(おんねべつ)小学校のシーンは、終始吹雪が舞っていて、けわしい寒さの中に別れの悲しさと人々の温かい心とが交錯する文句なしの名場面です。ガア助が最初の「フレー」を叫ぶ直前、粉雪がぼわっと一気に舞い上がるんですよね。その偶然(?)の効果とガア助のエールのテンポが、松山千春の『君を忘れない』のインストゥルメンタルと重なり、本当に忘れられない演出となっています。
一方、4月の東京。ガア助はまちゃ子を追って一度上京しますが、実はこの時には音根別小学校の廃校が決まっており、ガア助は東京で教師として働こうと思い描いていたようです(詳細は小説版『みにくいアヒルの子』を参照)。そう考えると少し浮き足立っていたと言わざるを得ない平泉玩助は、清との再会を果たしても自分の話ばかりで、東京でいじめられ苦しんでいる清のサインを見逃してしまいます。そしてあまりにも哀しいのは、そんなガア助を励まそうと―先生が大好きだからこそ心配させまいと、あくまで気丈に振舞おうとする清の姿で、彼がガア助に送るエールは都会の中やはりどこか寂しげに見えるのです。清はその時にできる精一杯で、しかし清らしく淡々とガア助へエールを届けます。逆にガア助は、相変わらず茶化したようなウインクで清と別れてしまうのですが…。
清が亡くなった後、ガア助は自分を責め、泣きながら彼の最後のエールを思い起こします。最愛の教え子を自殺で亡くすという一番あってはならない経験を胸に抱え、ガア助は約1年後の4月、東京のあやめ台小学校に赴任するわけですが、その後の話は以降に譲りましょう。
第1話のエールは非常に重く受け止めなければならない問題をはらんでいます。だからこそ、東京でのガア助と子どもたちとの奮闘ぶりが一層に輝くのでしょう。次回は「ガア助のエール」の続きを、また少し追っていきたいと思います。
(【2】へ続く)
※引用図版の出典:
VHS『みにくいアヒルの子1』(1996年、日本コロムビア)
第1話「涙の一番星」のワンシーンより。

コメント